私はMelbourne
Language Centreにおいて10ヶ月間、基礎英語を学び、その後2ヵ月間OET準備クラスにて医療英語を学びました。そして2009年10月、Melbourneにある2つの病院で看護実習を行う機会を得ました。 実習体験は本当に貴重で、あっという間の2週間でした。
まずは第一希望だったSouth
Caulfield病院での実習でした。私は日本で看護師をしていた時2年間の整形外科病棟での勤務経験があり、整形・リハビリは今回最も興味のある分野でした。臨床看護教育者のスーザンがとても気さくで丁寧に、私の実習がうまくいくようにアレンジしてくださり、そのおかげでスムーズに実習を行うことができました。初日からとても緊張していましたが、整形外科病棟に案内され、その日は病棟ナースについて回りました。病棟の構成、患者さんの紹介、一日のナースの仕事の流れなど、それぞれのナースが忙しいにも関わらず分かりやすく説明してくれました。もちろん時々、その説明がとても早くて聞き取れない時もありましたが、「もう一度、ゆっくり話してもらえませんか?」と聞き返すと、’’Sure!’’と快く受け入れてくれました。
スタッフの顔を覚えること同様、患者さんを覚えるようになると、今度はその人のところへ行ってもっと会話をしたくて、「明日も会えるかな。何話そうかな」と実習に行く楽しみの1つになっていました。ひとつ印象に残っているのはGさんいう患者さん、Gさんはその日転院予定でしたが、お迎えのストレッチャーが到着しているのに「おなかが痛い、転院したくない、先生を呼んでくれ」と言って、スタッフの皆が困っていました。担当Drが診察に来ると笑顔で「治った。みんなありがとう」と私にまで握手を求めてくれて転院していきました。Gさんは入院歴が長く、甘えん坊な患者さんだったようで「あぁ、とうとう行ったわね」と皆、苦笑しながら胸をなでおろしていました。それもつかの間、空きベットが出来るとすぐに緊急入院依頼のコールがなり、病棟は一瞬にして緊張が走りました。患者さんが運ばれてきて、バイタル測定にアナムネ聴取、病棟はバタバタでした。そんな仕事場風景の会話・英語100%を全部聞き取れなくても、その現場で起こっていることはやはり日本での病棟の雰囲気とほとんど同じで、私もつい何か手伝いたく思いながらも、医療行為は行ってはいけない学生の身、見学だけでウズウズした気持ちでした。
2日目、あるナースが患者さんのトランスファーをする際に人手がなくて困っていました。偶然廊下を歩いていたスタッフに’’Can
you help me now?’’と声をかけました。返事は’’OK!
Give me 1 minute!’’でした。直訳すると「私に1分ちょうだい!」ですが、このシチュエーションでは「すぐ行くよ!」という意味になり、現場で初めて聞いた言い回し、簡単な会話ですが、私は例えばこのように、新しく使えるたくさんのフレーズを習得することが出来たと思います。
3日目、私は特にリハビリ室では患者さんがどのようにリハビリをしているのか、患者・ナース・理学療法士の関わりを見学したくてスーザンに希望を伝え、ある片足切断の患者さんを紹介されました。そのJ氏はまだ、病室では立位をとってはいけない患者さんでした。「そこの棚の上にあるカーディガンを取ってくれないか。リハビリ室に行くまでに屋外を通らなくてはいけないんだ。寒いから着ていきたい」と言われ、とってあげました。今までのMLCでの1年間の勉強の下積みがなければ、これは医療会話ではなく全くの日常会話ですが、それすらも聞き取ることが出来なかっただろうと思います。ナースや患者さんが発言する一言ひと言が理解でき、接することが出来ている瞬間をとても嬉しく感じたのを覚えています。「義足をつけて歩くと、重くて疲れますか?」と尋ねると、J氏は「もちろんだよ、手術後まだ2ヵ月だし、少し歩いただけで疲れる。手すりにつかまって歩く時、まだ腕の力がないように思う。傷口はだいぶキレイなんだ。毎日鏡で切断部を見てるよ。でも歩けるのは嬉しいね」と説明してくれました。
実習4,5日目になると患者さんみなに「この学生は今のところ、医療ではなくて語学を学びに来ている日本の学生さんらしいぞ」と顔を覚えてもらい、傷処置やリハビリの合間に私はたくさんの患者さんと簡単な会話をして、自らもどんどん話しかけ、充実した一週間を過ごしたと思います。事前にやはりある程度、その科でよく使う単語は覚えて実習に臨んだつもりでした。切断、義足、脱臼、関節、リハビリ、傷処置、脊髄損傷、松葉づえ、可能な動作の範囲、などこれらの単語、フレーズは特に整形外科における専門的な単語で、2ヵ月間のOETクラス経験、自己学習は本当に役立ったと思います。
何よりも勉強になったと思えたのは、毎日の申し送りの30分でした。日勤者から準夜勤者へ申し送られるそのHand
over
の時間、毎日しっかり聞きました。私にも患者さん全員の詳細が記載されているプリントが手渡され、ナースが申し送っている事柄を聞きながら目を通し、ポイントを書き込みました。そうすることで少しずつ患者さんをもっと把握し、次に何を見て観察していけばよいかの指標となりました。英語での申し送りの場面は初めてでしたが全くお手上げ、ではなく、自分が思う以上に、今まで学習してきたことの復習の意味で、手ごたえがありました。
整形外科病棟・リハビリ病院での実習を経て、翌週に臨んだのはCaritas
Christi Hospiceでの1週間の実習でした。ここでも、実習指導者のヒューさんには本当にお世話になりました。ホスピスでは、先週関わっていたような活気ある患者さん達、目標を持ってリハビリに励む活動的な患者さん達とは180度違って、とても静粛な雰囲気が漂っていました。
私は過去に4年間、消化器内科病棟においての勤務経験もあり、ここでの実習も自ら希望しました。特に消化器系・食道がん、胃がん、胆嚢、膵臓、大腸・・・と消化器系のがん患者と接し、その看護も熟知し、ケアすることに慣れているつもりでした。ところが実習初日、病棟の患者さんを見渡すだけでその姿に相当のショックを受け、何も話すことができませんでした。ヒューさんに説明を受けながら、言われるがままヒューさんのあとをついていくだけで、全く自ら患者さんに話しかけようと思えなかったのです。あとをついていきながらずと思っていたことは「この人は何の癌だろうか?あの人は?私、まだカルテ見てないし、患者さんを把握できてないから話せないよ・・・、話しかけて、答えてくれる余裕はあるのだろうか?何も知らずに話しかけて、実はつらい思いをさせたらどうしよう?話しかけるの、怖い・・・」私はナースだったはずなのに、今回の自分の立場を忘れて「普通一般人」になってしまっていました。
そんな私の内心・行動をヒューさんはすぐに見抜いて、「前田さん!日本では、例えば教授の回診に黙ってついて回る実習Drを見て、患者さんも何も言わないのが普通かもしれないけど、ここはオーストラリアだよ!あ、うんの呼吸で黙っていても相手を把握し、むしろ感情をあまり表現しないことも礼儀である日本の文化と違って、西洋の国では、自分から自己紹介して積極的に関わろうとするのが基本で、それは「看護」や「医療」以前の問題で、「人」としての問題だよ。このコミュニケーション能力は本当に大事なんだ。黙って立っていると、患者さんも不快だし、怖いと思うよ。自分から患者さんの不安を取り除けるように関わらなくちゃ!まずは自己紹介!大丈夫だよ!」とアドバイスを受け、はっとしました。もしこのヒューさんの言葉がなかったら、とても消極的で、話しかけるのが怖いと思ったまま無駄に過ぎた5日間だったかもしれません。
その後すぐに気持ちを切り替え、私はおどおどしながらも’’Good
morning,how are you? I’m Hatsumi. I am a student and learning
English now. I was a nurse when I was living in Japan.’’
と回る部屋の一人ひとりに自己紹介が出来ました。すると今までだるそうに見えた患者さんが、それぞれの反応を返してくれて例えば、’’I
am good thanks. Nice to meet you, Hatsumi. I am
○○.’’と、必ず皆も自分の名前を教えてくれました。抱いていた不安がいっきに解決されたような、吹っ飛んだような気持ちでした。先の一週間でそういえば私が患者さんと親しげに楽しく会話できていたのは、実はそれは、私から話しかけなくても患者さんの方から私の事を珍しがってか、陽気に’’Hi,
Hatsumi!!’’と挨拶してくれて、それに私が答えていたから成り立っていたんだ、私は受け身であって、実は患者さんのおかげだったんだ、と気づきました。この時は、このホスピスにおいては看護師側の私の方からオープンに話しかけることで患者さんが答えてくれ、コミュニケーションがとれていくのだ、自分から向かっていく必要があったのだと学びました。
毎週水曜日にあるデイ・ホスピスに参加し、そこではRelaxing目的にピアニストの演奏を聴いたり、少ない摂取量でいかに高栄養のものを摂取できるか、などの栄養士の話を患者さんと一緒に聞いたりしてホスピス・ケアの内容の一部を体験しました。家族の方も来られて、その日の昼食では患者さんたちはみな、少量のワインを飲んで楽しそうでした。私は、今はもう患者さんを見るだけで例えば「もうこの人の予後はよくないだろうな。」と察知してしまうけれど、その場のどの患者さんの笑顔も本当に素敵でした。話す言葉は違うけれど、日本人もオーストラリア人もみな同じ人間、人間らしい、そのありのままを見ました。泣きそうになりました。「私、今は見ているだけだけど、やっぱり看護師として働きたい。もちろんまだまだ言葉の壁は大きいけれど、私の天職はどこにいても、やっぱりナースであることだ」と。
木曜のアートセラピーの時間には、患者さんと一緒に陶器づくりをしました。アート室には、亡くなられた方が生前に作ったたくさん陶器が飾られていました。家族の方にとっては、その時一緒に作り、一緒に過ごした時間の一瞬一瞬が蘇る思い出の大切な部屋となるそうです。
金曜、実習最終日、私はサイコロジストと話す機会を得ました。サイコロジストとは、毎日死と向き合って生きる患者さんやその家族、またはそれをケアする看護師などへの精神的なケアを行う人のことです。心のストレスを緩和するため位置づけされている職業です。その人は言いました。「私が特別していることはないのよ。答えが出なくても、ただその人の話を聞いているの。聞くことで、話した人のさまざまな思いが少しでも緩和され、安楽になることが多いから、それを目的としています。」と。私は、紙とペンも辞書も使って、必死に英語で会話しました。途中、この2週間での出来事、想いがついあふれてしまい、インタビューの間に私自身が泣いてしまいました。彼女は穏やかな表情で、やっとかっとの英語で私が話すことをゆっくり聞いてくれました。濃い2週間、自分自身で全く気付いていなかったけれど、学習した英語を実際に話すこの場にも、久しぶりの「病院」という場所に対しても、必死で、自分の持つ枠を超えたハードルだったのかもしれません。日本ではまだ、ホスピスにおけるアートセラピストやサイコロジストなどの職業を専門とする人が多くはいません。この病院は本当に人材豊かで、素晴らしいなと感じました。
オーストラリアの医療と日本の医療とを比べ、日本でもこうであればいいな、と願う面もありつつ、また、日本の医療の素晴らしい面にも多く気付きました。この1年間における長期看護留学、2週間の看護実習を通して、どちらの国であっても私は、看護師として働き続けたいと再確信しました。体験できて、本当によかったです。
これで私の、留学生活の中で一番大きく意味のあった充実した2週間が終了しました。
海外でナースとして働くことを目標として頑張っているみなさんにもしアドバイスがあるとしたら、たった一週間でも2週間でもOKです、看護実習体験は間違いなく、自己の能力を鍛え、さらにその後の英語習得意欲に、モチベーションupにかなりのプラスの影響を与えることと思います。是非みなさんもされるとよいと思いました。
実習を設定してくださり、オーストラリア・メルボルンにて多くの学びの機会を与えてくださった、スーザン、ヒューさん、田中美樹さんをはじめ、ご協力いただいたたくさんの看護師の方に深く感謝いたします。ありがとうございました。